常識にとらわれてはいけない。すでにある考え方や価値観を柔軟に変えていくことが大事

August 16, 2018

 

 

 

 

 

どうもこんにちは。
株式会社逸材は君だの酒井です。

 

 

弊社では学んで実力をつけていくことが

非常に大事と言っていますが。

 

 

学ぶ時に必要な姿勢として

私は大きく分けて2つ重要なポイントがあると考えています。

 

1つは今まで知らなかったことを積極的に知る姿勢。

 

 

これに関しては私が別の記事で
新しい知識を得ることで新しい世界を知り、
挑戦していくことが大事だという話をしました。

 

⇨知識こそが人を成長させるというのが弊社のモットーです

 

 

ただこれだけでは足りないと思っていて、
私がもう1つ大事だと思うのが
すでにある考え方や価値観を柔軟に変えていく姿勢です。

 

 


これがなぜ必要かというと
今の時代は驚くほどのスピードで変化しているからです。

 

 

例えばLINEは今や日本人のほとんどが
触れてるツールになっていますが、
ほんの数年前までは使ってる人が少なくて

メールが主流でした。

 

 

仕事でメールを使うことはまだあるのですが、
LINEやFacebookのメッセンジャーを使うことも多いです。

 

 


その方がやり取りするのがメールと比べて

非常に楽なんですよね。

 


メールだと文面がかしこまってしまったりして

フランクなやりとりが難しく
仕事のスピード感が落ちて

結果的に仕事が進まずうまくいかないこともあるので。

 

 

 

ずっとメールにこだわるというだけでも

仕事のチャンスを逃すことは
意外と見えない部分であったりします。

 

 

もちろんメールがふさわしい場面もありますので、
要は適宜バランスをとって

使い分けていきましょうということです。
1つの手段に固執する必要はないと思うのです。

 

 


先ほども言いましたが、

今の時代は変化がとにかく早いです。
常に新しい知識を取り入れていかないと

すぐに時代遅れになります。

 

 

そして仮に新しい知識を得たとしても
すでに持ってる昔からある知識や価値観が
新しい知識や価値観を拒むことは非常に多く見受けられます。

 

 


つまりはすでに知り過ぎてることが
生きていく上で弊害になることがあるということです。

 

 


今の時代では知識が武器になります。
知らなすぎることは当然武器がなくて

無防備で危険ですし、
知りすぎてることも

危険だということです。

 

 

 

鉄砲が主流の時代なのに

やりで相手を倒そうとするようなものです。
つまりは武器も時代とともにパワーアップしてるのに
昔のままだと何の役にも立たないということです。

 

 


では知り過ぎてる人が何をすべきかというと、
「無知の知」という考え方を1番重要です。

 

「無知の知」というのは
「自分がまだ知らないことがたくさんあるということを自覚する」という意味です。

 

簡単にいうと今の自分に満足せず貪欲に学びましょうという考え方です。

 


新しい知識を受け入れない時というのは

自分がすでに持ってる知識で
十分に武器として戦えると

思ってしまってるケースが多いです。


要は別に勉強しなくても

余裕でしょと油断してる状態です。

 

 

ただそう思った瞬間に人として成長することはできなくなります。

 

今の時代では立ち回ることが圧倒的に不利になり、
いわゆる情報弱者になってしまいます。

 


ただこの悪循環は自分はまだ知らないことが多いと
認識しておくことで回避できます。


もっと貪欲に新しい知識を得ることができるし
時代に取り残されることがなくなります。

 

 

むしろ時代を先回りすることで

人生を優位に進めることも十分に可能です。

 

 


実は昔の私は新しい知識を得ようとすることも
柔軟に価値観を変えていくこともできていませんでした。

 

 


例えば私は高校の頃から
「いい大学に入っていい会社に入るために

勉強し続けることが大事だよ」
という価値観をなんとなくではありますが
正しいものだと信じ続けていました。

 

 


その価値観に関しては

特に疑問を抱いたことがありませんでした。

 

 

なぜなら周りの多くの人が

同じようなこと言っていたし、
特に自分が信頼できる人(先生など)も

そう言っていたからです。

 

 


私は特に将来やりたいこととかはなかったので、
とりあえず消去法でいい会社に入ることが
いい人生なんだろうなと思い勉強してました。

 

 

それは学校の勉強が

特別好きだったわけではなく
他にやるべきことがなかったのも

大きかったと思います。

 

 

 

進学校だったので周りが猛勉強してるなか
自分だけ何もやらない

というのも浮いてしまいますし。

 


そんな中で私は受験に大失敗します。
頑張って勉強しても成績が上がらないし、
しまいにはなんで勉強してるのか

わけわからなくなりました。

 

 

最終的にはストレスが溜まりに溜まって、
うつ状態になり毎日夜中になると金縛りにあって
呼吸もできなくなる日々。

 

勉強しすぎて死にかける毎日を

送っていたんですよね。

 

 


我ながら今思い返しても

頭がおかしかったと思います。

 

そして明らかに体も心も

ぶっ壊れてる自分に当時気付いた時に
私は常識というのを少し疑うようになりました。

 

 


今自分が当たり前のように信じてることが
実は違うのではないかと思うようになったんですよね。
「いい大学に入りいい会社に入るために

勉強することが正しいのか?」と。

 

 


それから私は色々と考える時間が

欲しかったので1年間浪人します。

 

 

この1年間は受験勉強するというよりは
これからの自分の将来をどうすればいいのか?
ということをずっと考えていました。

 

 


私はそれまで自分の人生どうすればいいか?
なんて考えたことがほぼ一切ありませんでした。

 

 

 

学校では教科書とにらめっこして

テストのことしか考えてなかったので、
もう目の前の問題をどうにかしなきゃいけない!

という気持ちで精一杯でした。

 

 


私は当時の自分をよくロボットに例えます。
自分でこういうことやりたい!っていう主体性がなくて、
言われたことを淡々とこなして毎日を過ごす日々。

 

 

 

そんな日々が学校ではずっと続いていたので、
いざ自分で将来のこと考えても

何も思いつかないんですよ。

 

 

本当にこの時は悔しかったし、
今まで何やってきたんだろう?

という虚無感に襲われました。

 

 

 


自分でやりたいことも何も思いつかないし、
このまま自分の意志なく
誰かの言われるがままに人生を進めて行くのは
果たして本当に自分の足で

自分の人生を歩めているのだろうか?と。

 

 


私はずっと周りに流されて、
新しい世界を見ようとせず

生きてきたことを後悔しました。

 

 

 


だから大学入ってからは
いろんなことに挑戦しようと息巻いていました。

 

面白そうだなと思ったら
いろんなセミナーやイベントに行って

人に会いに行ったり、
本読んだりネットで調べたり
情報をとにかく集めることを考えていました。

 

 


でも全然やりたいことなんて見つからず焦りも生まれます。
今思えば情報は集めてるけど、
何も行動起こしてないので
やりたいことが見つからないのは
当然だったんですけどね。

 

 

 


人間やってみなきゃ

何がやりたいことかわからないものです。

 

これもまた私の知識不足でしたね。
当時の私に教えてやりたいです。

 

 

新しい知識を集めてはいたけど、
どれも有効に使えていなかったわけですから。


そして私はこの後突然20歳の夏に

起業することになります。
正直1ミリもやりたいとは

当時思っていなかったことです。